そのにて

川鍋祥子 (Nagano, Japan)

初めて足を踏み入れた日、一面雪で覆われたそこは濃密な光に満ちていた。すえた林檎の匂い、響く小鳥のさえずり、秋にずっしりと実をつけたであろう幹には雪が積もり寒さに耐えながら、小鳥の声を楽しむかのように時折ぐにゃりと曲がった枝を震わせ、それははらはらと雪を落とす。その雪国の小さなりんご園は、密やかに生息する大きな生き物のように淡々と息ずいていた。息をのむ光景に思わず一礼し、それからのエネルギー溢れる体内に吸い込まれるようにそこに通い始めた。人が入ってはいけない場所にこっそり入れてもらっているという特別な高揚感を胸に日の出とともに入口で深く頭を下げ、陽が高くなる前にそこを後にした。二年が過ぎようとしていた寒い夜、九年間入院していた祖母が息を引き取った。九十二年生きた祖母の、焼いてしまったらたった一握りしかなくなってしまった骨を四歳の娘が拾う。「やってくる命と、いってしまう命」命はどこから来て、どこに行くのだろう? そこは、いつも光が満ちていた。命がめぐりながら。「世界」は光に満ちている。そうであって欲しいと強く願う。

look inside

w16 x h24 cm
64 ページ
41 イメージ(カラー)
上製本
フルカラーオフセット印刷
限定600部
Published in 2015
ISBN 978-4-905052-79-1