look inside

w18.8 x h30 cm
32 ページ
20 イメージ(カラー)
並製本
カラーオフセット印刷
初版
Published in 2018
ISBN 978-4-908512-35-3

日本列島 新潟

石川直樹(Tokyo, Japan)

 毎年のヒマラヤ遠征からの帰国後、よく新潟を訪ねた。新潟県はとてつもなく広く、ぼくが県内で通ってきたのは、主に十日町市や津南町、村上市大栗田地区、そして、新潟市内の西区や西蒲区などである。
 日本列島の里山の風景に触れると本当にほっとする。中でも新潟市内は幾度となく通って写真を撮ってきた場所なので、故郷でもないのに、なんだか気持ちが安らぐのだ。
 太古の昔、新潟市内の平野部は一面水に覆われていた。信濃川は今のように整然と流れていたわけではなく、角田山という小さな山に向かって蛇行を繰り返していた。日本海から川によって運ばれた砂が、蛇行の湾曲部で砂丘を形成し川岸や海の近くにいつしか「潟」が生まれていくことになる。 潟というのは、砂の堆積によって海や川が閉じ込められた場所のことである。
 潟の周辺や川沿いにできた自然の堤防に沿って、人々は集落を作った。それが今の新潟市内の里山風景の原型だろう。今の風景は、次々に生まれた「新しい潟」とそこに住み始めた人々の共生の末に定着したものだとぼくは思っている。
 潟や里山という環境は、海と陸、自然と人工、野生と技術の境界領域だと感じる。それは「線」として何かと何かを隔てるものではなく、縮んだり伸びたりする、海でいえば渚のような場所である。生物すら少ないヒマラヤなどの極地の自然は人間が到底太刀打ちできない強大なものだが、日本列島の多様な自然は、人間を受け入れる素地を残す柔らかなもの。そのように思えるようになったのは、きっと新潟で過ごした時間が長かったからだろう。
 新潟では、心に残る出会いもあった。西蒲区の福井集落に暮らす斉藤文夫さんという古老から、たびたび地域の昔の話を聞きけたことは、自分にとって大きな指針となった。斉藤さんは19歳の時に郷土史研究家の石山与五栄門氏と出会い、以来、郷土の風景や暮らし、人々の営みを60年以上にわたって写真に収めてきたアマチュアの写真家だ。80歳半ばの現在も、茅葺きの民家「旧庄屋佐藤家」の保存活動に携わりながら、来る人に土地にまつわる話を伝え続けている。
 旅をしていると、こうした出会いによって何気ない風景が一変することもある。一つの出会い、一つの会話が、後ろに過ぎ去っていく旅の情景を引きとどめてくれる。新潟の温泉に顎まで浸かりながら、今まで旅してきた遠い地のことを思う、あの時間が懐かしい。