look inside

w18.8 x h30 cm
32 ページ
20 イメージ(カラー)
並製本
カラーオフセット印刷
初版
Published in 2019
ISBN 978-4-908512-42-1

日本列島 石川

石川直樹(Tokyo, Japan)

 金沢から珠洲へ向かうためには、のと里山街道をバスか車で三時間ほど走るしかない。一日四本しかないバスの車内はいつも閑散としているので、ぼくは必ず左側の窓側席を選び、ぼんやりと車窓からの風景を眺めて過ごす。バスでも車でも、珠洲に行くときは決まって一人なので、いつも物思いに耽ることになる。
 日本海が見えてくると、開けた景色に心躍るのだが、すぐに寂しくなる。晴天の日は限られていて、空を灰色の雲が覆い、海は南海のそれと違って常に鈍色だ。
 やがて、急に道路から奇妙なメロディーが耳に入る。外を見ても取り立てて人工物はなく、山や林があるだけだ。実は、のと里山街道のある区間に仕掛けがある。道路上に溝を切り込んで、その上を車が通るとタイヤとの摩擦で音が発生するのだ。NHKの朝ドラの主題歌らしいのだが、これが足元から聞こえてくると、また寂しさが倍化する。
 壊れたラジオのような不思議な音の連なりを聞きながら(ああ、もうすぐ珠洲だなあ)と思う。やがてのと里山空港を経て、ぼくは「珠洲鵜飼」というバス停に降り立ち、宝立町にある行きつけの温泉銭湯「宝湯」を目指して、ぷらぷらと海のほうへ向かうのだ。
 こうしたルートを何度も繰り返し通りながら、ぼくは珠洲市に通った。珠洲で開催される奥能登国際芸術祭に写真家として参加することになったからで、芸術祭がはじまる数年前の準備期間から、この能登半島の先端部にたびたび足を運ぶことになった。
 本書に収録された写真のほとんどは、珠洲で撮影されたものである。一部、輪島などの写真も入っているが、いずれにせよ能登半島の先っぽ近くで撮ったものばかりだ。  能登半島を旅した回数以上に、金沢へも定期的に訪れてきたのだが、ほとんど写真を撮らなかった。金沢では片町のボロいビジネスホテルに泊まりこんで展示の設営をしたり、写真集の印刷立ち合いのために印刷所に通い詰めたりする一方、夜はギャラリーをやっている友人と飲んだり食ったりで、どういうわけか力が抜けてしまう。逆に言えば、それだけ心休まる街なのかもしれない。
 他にも雪に包まれた冬の白山に登ったり、大雪の日に民俗学者の折口信夫の墓参りに行ったりもした。どれも少しだけ寂しい思い出なのだが、その寂しさは常に旅情と表裏一体で、ふと恋しくなる類のものだ。珠洲や金沢はもちろん、石川のあちこちを今後も繰り返し旅することになるだろう。どこかでそうした旅の寂しさが、自分が生きていく上で必要不可欠なのだと思う