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Things and seen

若木信吾 (Tokyo, Japan)

もののあはれ
旅で人は、出会いと別れを繰り返し経験する。自分の前を通り過ぎていった、たくさんの事物。外からやってくる者に、その街で見過ごされていた物が、まばたきをしたのかもしれない。そこで、彼もまばたきを返すようにシャッターを切った。
郵便受け、窓際の花、カートに積まれた空箱、ライフル、歩く女……
対象にむかって動く感情や気分。シャッターを切られた物の所在は、持ち主から切り離され、一枚の写真となり彼の手に渡った。彼は、泥棒に成功したのか?
理髪店の窓、朝靄、ロードサイドの花冠、トウモロコシ、交通事故……
しかし物事はそんなに単純ではない。なぜなら、持ち帰ったと思った物たちには、別のなにかが刻印されていたからだ。その物たちは、鏡となり、彼の心の影を映し出す。すなわち「物の哀れ(もののあはれ)」を。
約1000年前の人々は旅をしながら、見聞きし触れたものに対する心の動きを歌に詠んだ。そしてこの写真集もまた、歌集のようだとわたしの目には映る。さらに興味深いのは、旅という非日常の興奮を撮るのともまたすこし違った姿勢がここにあらわれていることだ。
「彼であって、彼ではない。しかし、否応なく彼である」
それは、日常の外、旅という宙づりの時間を生きる者だけが感受することのできる世界なのかもしれない。訪れた場所に、なんの地縁も血縁もないとき、自分とは無関係の事物との関係を結ぶには、自分をそこへ差し出すしかない。溶け出すような、解放に向かう姿勢。そうして撮られた「物」は語り出し、その「物語」は、個人の経験に留まることをやめ、普遍的な情趣へと傾きはじめる。
「Things and seen」―彼は、見た。そして見られていたのだ。物に照射された、彼自身の物語を。

清水チナツ(インディペンデント・キュレーター)

look inside

W21.3 x h28 cm
40 ページ
23 イメージ(カラー)
並製本(手綴じ)
カラーオフセット印刷
限定800部
Published in 2020
ISBN 978-4-908512-91-9
*表紙は2種類