look inside

w22 x h23 cm
48 ページ
41 イメージ(カラー)
並製本(手綴じ)
カラーオフセット印刷
限定1000部
Published in 2021
ISBN 978-4-908512-49-0

Special Edition:
オリジナルプリント付き写真集(サイン入り)
プリントは5種類の中から1点セレクト

エディション : 各20部
プリントタイプ : デジタルCプリント
プリントサイズ : 127 x 178mm
*プリント裏面に作家サイン、エディションナンバー入り

The Blitz Kids

ハービー・山口 (Tokyo, Japan)

1980年前後のロンドンだった。パンクロックが徐々に影をひそめ、とって代わるように現れたのがニューロマンティックスというムーブメントを掲げた若者たちだった。彼らはデビット・ボーイを敬愛し、衣装やメイクに可能な限りの工夫を凝らし、毎週木曜日の夜に、コベントガーデンにあったクラブ、ブリッツに集まって来た。その彼らをいつしかメディアはBLITZ KIDS(ブリッツキッズ)と呼ぶようになった。彼らの多くはアートスクールに通う学生や、将来ミュージシャンやデザイナーになることを夢見ていた若者たちだった。パンクロックが社会への反抗をアグレシブに表現する形態だとしたら、ブリッツキッズはパンクとは違うニュアンスで、自分の世界観や主張を表現する形態だった。それはアーティススティックでポップで洗練された感覚だった。ムーブメントの初期には彼らは広く世間に名乗り出ることはせず、全く秘密裏にこのブリッツに集まっていた。例えば真冬なのに一晩中入店の列に並んでも、彼らのリーダーであるスティーブ・ストレンジの知り合いでなければ入店は許されなかった。幸い私は、彼らと親しい何人かの友人の導きがあり入店を許されていた。そのことについては感謝の気持ちしかない。彼らの作った音楽はシンセザイザーを多用した未来志向のニュアンスに富み、80年代の中期までに一時代を築き上げた。私は普段モノクロームフィルムで撮影をしていたが、彼らの使う色の大切さを知りコダクロームというカラーフィルムを使用した。当時、私の生活はかなり困窮していて、何人もの友人の家を居候として転々と渡り歩るき、一日3食を規則正しく食べることはほぼ無理なことだった。コダクロームを買う出費は自分にとってかなりの痛手で、このブリッツに赴いても、一晩で20カット程を使うだけで、一枚一枚を大切に撮影していた。デジタル時代の現在なら何千カットと彼らを撮影しただろうが、実情はコダクロームを20~30本程消費したのが精一杯いだった。そんな理由で現在完璧な状態で残っているオリジナルのカラースライドは両手に乗るだけの分量しかない。彼らは陽気に踊って飲んで、ブリッツの夜を楽しんではいたが、中核にいた彼らの一部は将来アーティストに成長するべく、お互いに刺激し合い自分を磨いていたのではないかと思えた。1970年代の中期に始まったパンクのムーブメント、それに続くこのムーブメント。当時のイギリスの若者は多かれ少なかれ、この二つのムーブメントを通過し、洗礼を受けて成長したのではないだろうか。この時代のロンドンが、カルチャー的には一番面白かった時代だったと多くのイギリス人が認める所以だ。事実このブリッツに集まって来ていた若者の中から、数年後には世界的に目覚ましい活躍を始めたミュージシャンやアーティストが数多く排出された。この時代のロンドンの素顔を、写真家として目撃出来たことの幸運を今でも噛みしめるのである。同時代に撮影した風景を折々のページに挟んでみた。当時のロンドンの空気感が伝わればと願っている。